シェイクスピアの喜劇『十二夜』を読む(第6回):テラさん教授の読書の楽しみ

シェイクスピアの喜劇『十二夜』を読む(第6回):テラさん教授の読書の楽しみ(お話:寺島悦恩)

喜劇『十二夜』を読む楽しさの続きです。
さあ、次は、血を見ることは決してない、何とも滑稽な決闘シーンと、おか
しなおかしな、しかしずいぶん残酷なマルヴォーリオだましです。誇張してい
えば、熊いじめのようなものです。
しかし、よくこのマルヴォーリオだまし、マルヴォーリオいじめだけに光が
当たりがちですが、作者シェイクスピアはちゃんと、もっと滑稽な決闘シーン
を並行させて進めています。これも勘所です。
喜劇、悲劇を問いません。「人をあざむく」という、社会常識としてこうい
う嫌な人間の心理、人間の行為そのものにシェイクスピアは非常に関心を持っ
ていて、絶えずこの問題を扱っています。変装、偽名もその一種です。
悲劇の『オセロ』などは、そのものずばり、「人をあざむく」ことが一つ
のテーマです。
といって、マルヴォーリオだまし、マルヴォーリオいじめだけですと、観客
がとても実に嫌味な感じを持つことを作者シェイクスピアはしっかりわかって
いたからでしょう。
決闘シーンを入れるということは、マルヴォーリオだけではない、ヴァイオ
ラとサー・アンドルーの二人についても「あざむかれる」ということですか
ら。
これまた、数字が面白い。2幕3場と3幕2場です。数字のあべこべ。
2幕3場がマルヴォーリオだましの開始。
3幕2場が決闘シーンの開始。
この二つは並行して進みます。単線ではありません。複線です。しかも時々
絡まっています。見事なものです。
社会学を勉強してみますと、社会進化には単線論と複線論があることを学び
ますが、人間はとかく単線論に行きそうです。単線的に社会は進化すると。果
たしてというクエスチョンマークがつきます。
また、びっくりされるかもしれませんが、シェイクスピアは、この芝居で
も、ちゃんと時事ネタを盛り込んでいます。後で、お話ししますが。
良い時代になりまして、日本でも副業を認める企業がかなり増えてきていま
す。単線のキャリアではなく、複線のキャリアも可能になってきています。

また、前回、頭の切れる賢い道化フェステについて眺めてみましたが、彼は
この決闘シーンにはまったく関わっていません。これはやはり大事なことでし
ょう。作者シェイクスピアにはよくわかっているのですね。

道化は決闘にはまったく似合わない。むしろカウンセリングや巧みな交渉と
いうものに似合っていますが、武器を用いた決闘には似つかわしくない。
賢い道化は言葉の達人ですから。

その代わり、作者シェイクスピアは、この決闘シーンにヴァイオラの兄であ
るセバスチャンの友、アントニオを登場させました。セバスチャンもアントニ
オも破船から生き残り、同じイリリア国の海岸にたどり着いていたのです。

さあ、まず3幕2場の方から見ていきましょう。

決闘シーンの始まりです。

言葉は悪いんですが、サー・トービーと女伯爵家の召使いフェイビアンと侍
女のマライアがつるむんですね。

ヴァイオラとサー・アンドルーをあざむき、恋のさやあてを材料に、何が何
でも無理やり決闘させようというというとんでもないアホらしい悪だくみを考
え出した。
この始まりはこうです。
サー・アンドルーはオリビア姫にまったく脈はないと見たから、伯爵家を出
て自分の館に帰ると言い出した。
金払いのいいサー・アンドルー、こんな金づる逃してなるものかとサー・ト
ービーは考える。
首謀者はサー・トービー。なかなかのくせものが召使いのフェイビアン。詭
弁を使わせたら、うなるぐらいうまい、よくまあ、頭が回ります。こんな具合
に。
フェイビアンお嬢様があなたの目の前であの若造にいい顔なさらなかった
のは、あなたをじらすため、眠りこけてるあなたの勇気を目覚めさせ、心臓に
火をつけ、肝臓に硫黄をほうり込んで怒りを燃え上がらせるためだったんで
す。あのときお嬢様にアプローチすればよかったんです。出来立ての金貨みた
いにピカピカの洒落をかまして、あの若造の口を封じりゃよかったんだ。お嬢
様もそれを期待してらしたのに、あなたはその期待を裏切った。せっかくの黄
金のチャンスを無にしたばっかりに、お嬢様の気持ちも冷め、あなたは冷たい
北風に身をさらす始末。このままじゃオランダ人の髭にぶら下がったつららみ
たいにこごえっぱなしですよ。挽回するには何かあっという手を打たなきゃ。
勇気を示すか、頭を使うかして。
サー・アンドルーどっちかって言うと、勇気のほうがいいな。頭なんか使
いたくない。それくらいなら、ピューリタンになったほうがましだよ。
ここでもピューリタンを嫌っています。ピューリタンは勤勉でストイックだ
と思っていますから。とにかく、サー・トービーがさらにけしかけます。
サー・トービーようし、じゃあ、勇気を元手にひと旗あげろ。公爵の若造
(ヴァイオラのことです)に決闘申し込んで、やつの体の十一箇所に傷を負わ
せるんだ。姪のオリビアだってこれにはぐっとくる。女に男を取り持つ恋のブ
ローカーにとっちゃ、勇気があるって評判が一番の売りだからな。

決闘など、ヴァイオラにとってもサー・アンドルーにとっても、とんでもな
く迷惑な話です。でもこうなってしまうと二人は逃げようがない。

特にヴァイオラはかわいそうです。もう絶体絶命という感じ。

フェイビアンが滔々と述べる詭弁のなかに、作者シェイクスピアは時事ネタ
を盛り込みました。真っ赤な嘘の連続、まったくの詭弁の連続のなかに小さな
真実をもりこんだ。この時事ネタが入ることで、当時の観客は余計笑ったでし
ょう。

「このままじゃオランダ人の髭にぶら下がったつららみたいにこごえっぱな
しですよ」というのは、1596年から1597年にかけ、ウイレム・バレン
ツというオランダ人が北極探検をしたというニュースが大いに人々の話題にな
っていたという時事ネタです。(ラジオ川越2021年12月7日放送分)