『不思議の国のアリス』とワイルドライフガーデン(お話:寺島悦恩)

『不思議の国のアリス』とワイルドライフガーデン(お話:寺島悦恩)

さて、前々回から『不思議の国のアリス』に出てくる奇妙なスポーツの話をしているのですが、今日は女王様の庭で行われる珍無類のクロッケー競技、そうしてハリネズミのお話です。
このクロッケー競技では、クロッケー・ボールが生きたハリネズミ。
ボールを打つバットは生きたフラミンゴなのです。
原作はこうなっています。悪夢のような競技です。矢川澄子さんの訳です。

「クロケーはできるの?」兵士どもはだまってアリスの方をみた。アリスに向けたおたずねだとわかっていたからね。
 「はい!」アリスも声をはりあげると、「それじゃ、おいでな!」と女王さまの大声でね。アリスはそこで、こんどは何がおこるかしらんと、わくわくしながら行列についていった。
「きょうは、ええと、きょうはいい天気ですなあ」そばでおどおどした声がする。みるとあの白ウサギがならんであるいてて、そいつが心配そうにアリスの顔をのぞきこんでいた。
「いいわねえ」とアリス。「公爵夫人はどこ?」「しいっ、しいっ」ウサギはあわてて声をひそめてね。そういいながら心配そうにうしろをふり返り、それからつまさき立ちになると、アリスの耳もとに口をよせて、ささやいた。「あの方、死刑を宣告されたんです」「なんで?」「なんてかわいそう、っておっしゃったんですか?」ウサギがきき返す「いいえ、いわないわよ。ちっともかわいそうと思わないもの。なんで、ってきいたのよ」「あの方、女王さまの耳をなぐったんです」ウサギがいいだしたので、アリスは思わずきゃっとわらっちゃってね。「しいっ!」ウサギは気が気ではない。

「女王さまにきこえるじゃないですか。あの方、だいぶ遅刻しちゃってね。それで女王さまがー」「位置につけーい!」女王さまが雷みたいな声でどなったので、みんなは いっせいに、もつれあいながら、四方八方へかけだしていった。それでも一、二分でちゃんと位置について、さてゲームがはじまった。

アリスはこんなおかしなクロケー競技場なんてはじめてだと思ったよ。なにしろでこぼこだらけでね。クロケーボールは生きたハリネズミだし、球をうつバットは生きたフラミンゴだし、アーチのかわりには兵士たちがからだを弓なりにして地面に手をついているんだもの。 いちばんてこずったのは、フラミンゴの取扱いかただった。

脚をだらんとさせて、胴体を小わきに抱えこむところまでは、難なくやってのけられたけれど、さて、鳥の首をまっすぐのばさせて、頭でハリネズミに一撃くれようとすると、きまってフラミンゴ がくるりとふりむいて、こっちの顔をまじまじと見つめるんだ。

それがまた、いかにもきょとんとした顔つきで、思わずぷっとふきださないわけにいかない。
それからまた、フラミンゴの頭を下げさせて、やりなおそうとすると、今度はこしゃくなことにハリネズミが、まるめていたからだの頭をのばして、もそもそ逃げだす。

おまけにどっちへ向けてハリネズミのボールを送るにしても、とちゅうにはきまってでこぼこがあるし、弓なりになった兵士たちはしょっちゅう起きあがってほかの所へうごきだす。

アリスもすぐに、これはやっかいきわまるゲームだと気がついた。プレイヤーたちはみんな、順番もまたずに、いちどきにやりだすので、ひっきりなしにけんかやハリネズミのとりっこだ。

女王さまはたちまちかんしゃくをおこし、地団駄ふんであるきまわっては、「あの男の首を切れ!」とか「あの女の首を切れ!」と、一分きざみにわ首めきたてている。  

アリスはとても不安になってきた。もちろんまだ女王さまとけんかしてはいなかったけれど、いつそうなるか知れたもんじゃない。「そしたらあたし、どうなるんだろう」。

なぜハリネズミが使われているのだろうと日本にいる私たちは不思議な気がします。

ところが、この間、2/20、NHKの「ダーウィンが来た」でやっていましたが、イギリス人にとってハリネズミは非常に身近な動物なのです。
日本にいては動物園などで見るぐらいで、庭には多分絶対と言っていいぐらい来ません。

ところが、ハリネズミはイギリス原生の哺乳類で、民家の庭にも現れます。非常に人気のある野生動物です。
正式にはヨーロッパハリネズミです。英語ではヘッジホッグ(hedgehog)。その名の通り、ヘッジ(hedge、藪、しげみ、垣根)の下をごそごそと歩き回って、餌を探すホッグ( hog、 豚)で、夜行性の動物です。生態的にはモグラに近い動物です。視力が非常に悪く、嗅覚に頼って行動します。
 うさぎなども、町の中心地に出かける途中で、茂みの中から駆け出してくる姿などを目撃しますが、うさぎは、ノルマン人が、イングランドを征服した際に連れて来た動物で、この国原生ではありません。

 隠れ家から登場し、垣根や生垣の下をがさごそと動き回り、小さな昆虫、ミミズ、果物、草の根などを食べ歩きます。
いろいろな植物が植わっている民家の庭が大好き。

ご存知のように、危険を感じると、立ち止まり丸くなる。道路でひかれてしまうかわいそうなハリネズミもいるそうです。

それで、『不思議の国のアリス』のクロケー競技のボールとして使われているのでしょう。
このイギリスのハリネズミたち、数の激減が問題になっています。
理由の一つが、一般の民家が、前庭などを、駐車場代わりにするために、芝生や生垣を除去してコンクリートで固めてしまう。

ハリネズミが隠れたり、餌を探したりする場所が失われている。それに、先ほども言った交通事故。
また、家と家との境界が、生垣より、頑丈なフェンスで固められる事が一般的になり、ハリネズミがある庭から、次の庭へ渡り歩く事が難しく、行動範囲、餌を探す場所が制限されてしまうということが理由です。

さて、先ほどご紹介した2/20、NHKの「ダーウィンが来た」のサブタイトルは、「大人気、生きものを呼ぶ庭の秘密」というもの。

イギリスの南部、海のリゾートとして知られるブライトン。ロンドンのほとんど真南。ポーツマスの東。ここに住む女性のガーデナー、Kate Bradburyさんのお宅のこじんまりとした庭が大変な人気になっているのです。本も出されています。
The Wildlife Gardener: Creating a Haven for Birds, Bees and Butterfliesといった本。
ワイルドライフガーデンと呼ばれる庭で、ちょっとした工夫でハチは15種類、鳥は20種類以上。リスやハリネズミや狐なども庭にやってきます。
(ラジオ川越2022.2.24放送分)